大室山

 

 

よくお客様との話の中で「伊豆は地震が多いからね」とか、
「最近はめっきり静かになったのでもう大丈夫かしら」と聞かれますが、

そんな質問を受けた時にかならず 「今、力をためていますから、もうじき大きな地震がきます。」なんて 冗談交じりにお話しています。

いずれにせよ伊豆は地震とは切っても切れない関係ですが、
ここ伊豆高原では震度1・2位では本当に気付かないぐらいしか揺れないなんですよ。

そんなことを証明するのにこの溶岩台地がどのようにできたのかを今日はお話ししたいと思います。

 この大地は約4000年前に大室山標高580mが噴火したことに始まり、大室山噴火は、伊豆半島の大地にさまざまな変化と恩恵を与えくれたと言われております。

 

oh-f03.jpg噴火のさなかに、大室山の北東側と南側のふもとの二カ所から大量の溶岩が流れ出し、これらの溶岩流は、谷間や盆地を埋め、噴火の前はデコボコだったはずの山地を、現在のような平坦な台地に変えてしまった。伊豆高原の誕生です。

 大室山から北に向かった溶岩流は、一碧湖(いっぺきこ)の西岸をかすめ、城山の南東で松川に流れ込んだ後、さらに北に1㎞ほど流れ、鎌田の近くまで達し、

 

大室山から一碧湖.jpg東に向かった溶岩流は現在の伊豆急行富戸駅付近から谷間を東に下って海に達し、海に張り出した扇状地を造りその扇状地の上につくられた町が、現在の富戸の街です。

南に向かった溶岩流は、鹿路庭(ろくろば)峠の東側にあった谷間の出口を塞いでしまい、川がせき止められて、一碧湖二個分くらいの広さの湖ができ、この湖はその後まわりの山から流れ出た土砂でじょじょに埋め立てられ盆地となった。この盆地が現在の「池」で、地名の由来は、かつてそこに湖あったからだそうです。

大室山の山頂から天城山方面を眺めると、大室山の溶岩が谷間をせき止めて盆地をつくった様子が、今でもはっきりとわかるんですよ。
 

南東に向かった溶岩流はもっとも量が多く、払(はらい)から八幡野にいたる4㎞ほどの範囲で海に流れ込み、かなりの面積の海を埋め立て、城ヶ崎海岸が造られたそうで、城ヶ崎海岸の遊歩道を歩くと、溶岩流が造った様々な地形や造形を観察することができますよ。
こんなお話をすると「大室山がまた噴火したら?」と聞かれますが、その答えは「その時は心中しましょう!」です。

DCP_5654.jpgこの大地に守られて私達は生活をしています。

残念ながら菜園にはあまり向きませんが、きっと来る大きな地震に備えてこの大地へお越しください。
                                                                                              

                                                                                                                            by 大内

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